最近の雨は土砂降りがおおくて。前が見えないほど。
そんな時は、わぁ外に出たくない〜。
と言っても誰も止めてくれない、大人は逆に寂しいなぁ。
土砂降りを調べてみると、、、。
☆英語で「it rains cats and dogs」(犬や猫が降ってくる)
☆フランス語では 「il pleut des cordes」(ロープが降っ
てくる)
☆タイでは土砂降りの雨のことを「raining shrimp」(エビが
降ってくる)
こんな具合です。
これじゃ国連決議案でどこが正しいとか間違いとか
分かり合えないなぁ。
日本じゃエビも犬も降ってくるって
「なんじゃーい!」だもんなぁ。
学生のとき、引越しをなんどかしました。
理由はいずれも気まぐれで、散らかり過ぎたからとか
リセットする為に、、、とか、大学の近くで探していたら、たまたま大家さんが高木ブーさんで話しとして面白かったからなどなどたわいのないものでした。
恒例行事のように行なわれる引越しをするうちに気づいたことが一つ。引越ししても次の引越しまで一度も開けない箱があったんです。
気づくか気づかないかも忘れるくらいの時が経っていました。いつしかその箱を開けるのを避けるようになり、また次のところに引っ越しても「しばらくは」と忘れることにしました。勝手な思いで疎ましくさえ思いかけていた時もありました。箱はいつしか、「開かずの扉」ならず「開けずの箱」になり、やがてなぜか「開けずの玉手箱」に。
長らく要らないものが、幻想や想像と結びつき大切な物が入っている大事な箱へと思い込むようになったのです。それはいつしか甘美な「宝の箱」になっていたのです。人間の欲望とはこんなものかなと。
玉手箱はいつも部屋の片隅に時にはしっかりと存在感を示しながらたたずんでいました、時を超えて。
あっけなく封印が解かれたのは何度目かの引越しの最中でした。引越し作業中に不注意から落としてしまい年季が入った箱
は着地と同時に自ら崩壊してしまったのです。中身はというと
かつての新聞の切抜きや雑誌などたわいのない物でした。ひと
まず封印を解かれたものたちを取りあえず片付けガムテープで
補強した元の箱へと再びしまいました。引越し中なので、あら
ためて見ようと、、、
玉手箱の中身を見てしまった私は煙でお爺さんに変身するこ
とはありませんでしたが、若かりし自分が「そっと」箱にしま
った物たちを見つめているのは、かつての自分を煙越しに見る
かのような幻想を抱きました。そのまなざしは、かつての自分
を見つめる少しばかり成長した自分のまなざしでした。
再び部屋の片隅に置かれたガムテープ貼りの箱は、ついに開
けられることなく1週間後、そっと共同ゴミ置き場に置かれま
した。箱の中を改めて見たいと思う自分に、少しばかり成長し
た自分がそうさせました。ほんの少し、もう少しだけ大人に変
身した自分がいました。
あれから時間が経ち、どれだけ大人になったのか。
未来の時間と振り返る時間をともに共有させながら今の自分が
いる。今日の自分は何歩、どれだけ大人になったのだろう。昨
日の風も、明日の風も自分の背中を押す風となってくれますよ
うに。
「変身」
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